田中太郎さんのアトリエ

2024年1月8日


ー野焼きができるほどの広いお庭があるアトリエー

事前に伺っていたお家の情報で頭をいっぱいにしながら、田中さんの岐阜県多治見市のアトリエに伺いました。まず目に飛びこんで来たのが、庭の中央のシャクナゲの大きな木。ちょうど花が庭一面に落ちて綺麗なピンクの絨毯に。朝方に降った雪が庭に置かれた器の上にうっすらと積もり、朝の光が差し込んでいました。田中さんの作品が生まれる庭。

この日は2月の展示用のBEERカップを野焼きしてくださることに。野焼きをする時間は火をつけてから1時間ほど、人は火の前では嘘がつけないような感覚に陥りながらお話を伺いました。

事前に話を伺ってから興味があった、プエブロ族の文化と田中さんの出合いについて尋ねると「プエブロ族の思想に興味をもっていたんですけど、ある時にプエブロ族の女性の土器が美術館に収蔵されるって聞いたんです。綺麗に磨かれたピカピカの土器で、でも水をいれると漏れるから使えないって。その時に白人に魂を売ったんだなって。だったら自分は使える土器の方がいいや、と思ったんですよね」

プエブロ族は、あなたのお肉をいただきますと大地から土を削り、成人すると自分の土器をつくりその土器を使いつづけ、一生を終えると土器とともに土に埋葬される。自身も土に還る、自然の一部だという思想を持っているそうです。田中さんは土器が生活の器ではなくなり、美術品となってしまったことを残念に思っているようでした。

「自分の土器は売れなくてもいいと思っているんです。いつもお裾分けのような気持ちで作っています」

「陶芸はずっと遊びと発見の延長です。できないことができるようになると楽しいじゃないですか。ずっと土遊びの延長です」

毎回混ぜる土はその時々で配合が異なり、近くの川から粘土を取ってくることも。「適当なんですよ」と田中さんが呟く度に、楽しんでいるんだなというのが伝わってきます。

庭中に陶芸の材料が置かれていて、野焼きに使う木材はカレー屋さんも営む田中さんが林業の関係者であるお客さまから分けてもらったもの。焼いたあとの灰は米糠と落ち葉と混ぜて、畑や田んぼの肥料にしたり、陶芸の釉薬にも変わったり。土器制作の材料として使われている藁も、田中さんがご自身の畑から刈り取ったもの。

田中さんの生活の中で生まれてた循環を目の前で見せていただきました。


Taro Tanaka 田中太郎

Ptofile

2015年 京都精華大学大学院芸術研究科前期博士課程修了 多治見市に移住
2018年 実験的素材研究バンド「monolith」結成
2023年 岐阜県多治見市本町オリベストリートにある複合施設「かまや」にてスパイスカレー屋「タナカリー」をオープン
現在 多治見市で野良仕事やスパイスカレー研究をしながら自宅の庭で野焼きをして土器を制作

2015 Graduated from Master’s Program at Graduate School of Art, Kyoto Seika University. Moved to Tajimi City

2018 Launched experimental material research band “monolith 2023”. He opened the spice curry restaurant "Tanacurry" at the "Kamaya" multipurpose building on Oribe Street in Honmachi, Tajimi City, Gifu Prefecture.
He is currently working in the field and researching spice curry in Tajimi City, producing earthenware by burning in the field in his garden.


野焼きで土器を制作。物のあり方に興味を持ち、窯を持たない原始的な制作スタイルで、自身の身の回りにある物事の根源を探り続けている。窯で焼き締められた器とは違う、野焼きによる火の模様や、土器ならではの柔らかな表情が特徴。


He produces earthenware by field firing. He is interested in the way things exist and continues to explore the roots of things around him with a primitive production style that does not use a kiln. Unlike earthenware produced in a kiln his work is characterized by the fire patterns created by field firing and the soft expression unique to earthenware.

大学を出てから窯を持たずにやれることを探し、自然とたどり着いたのが土器を作ることだった。
土器について調べるうちに、ネイティブアメリカンのプエブロ族の自分たちのための土器を作るという考え方を知り、それから自分の生活に寄り添った、好きなカレーとお酒のための土器を作るようになった。土器制作用の藁細工を作るのに必要な稲藁を探しているとき、知り合いから誘われ小さな田んぼを借りて稲作をはじめた。米ができるとカレーの材料も自分で作りたくなり、翌年から田んぼ近くの畑を借りて野菜を育てた。田んぼで収穫した稲藁は藁細工だけじゃなく、畑の資材や土器焼成に使い、焼いた後に出る灰は田畑の肥料に活用している。育てた稲や野菜を狙って鳥や猪がやってくるので、せっかくなら肉も獲ろうと今年はワナ猟免許も取得した。 自分に必要だと思うものを集めていたら、いつのまにかそれが大きな円を描いて循環を始めていた。土器を作ることはカレーを作ることでもあり、自分の生活そのものでもある。田中太郎

After graduating from University, I looked for something I could do without a kiln and finally found making earthenware. While researching earthenware, I learned about the Native American Puebloan concept of “making earthenware for oneself”, and I began to make earthenware for my favorite dishes of curry and sake, which are close to my daily life. When I was looking for rice straw for making earthenware, an acquaintance advised me to rent a small rice field and start growing rice. The following year, renting a field near the rice paddies, I began to grow vegetables. The rice straw harvested from the rice paddies is used not only for straw crafts, but also for field materials and earthenware baking, and the ashes from the baking process are used as fertilizer for the fields. Birds and wild boars come to the fields to eat the rice and vegetables I grow, so this year I also obtained a hunting license for traps in order to catch animals for meat. I collected what I thought I needed, and before I knew it, it had begun to circulate in a large circle. Making earthenware is same as making curry, and it is my life itself. By Taro Tanaka